ニコラス・クリスタキスのこの本を知ったのは、綿野恵太さんの『みんな政治でバカになる』*1
の参考文献からでした。上下巻の大著でしたが、興味深く読みました。著者は、「善き社会を作り上げるための進化的青写真(=社会性一式:social suit)」は人間の遺伝子に組み込まれており、人間の普遍的特性なのだと多様な論文を引用し主張します。このての主張は、従来の社会学などでは遺伝子還元主義と見なされ排除されてきたわけですが、最新の研究を基に慎重にロジックを組み立てています。この遺伝子と共進化したのが人類なんだって。
社会性一式とは
(1)個人のアイデンティを持つ、またそれを認識する能力
(2)パートナーや子供への愛情
(3)交友
(4)社会的ネットワーク
(5)協力
(6)自分が属する集団への好意(内集団バイアス)
(7)ゆるやかな階級制(相対的な平等主義)
(8)社会的な学習と指導。上巻37)
まー、それを信じるか信じないかはあなた次第ですって感じですが、私が興味を持ったのは「いかに社会はつくられるのか」を上巻で検証している点です。その点についてまとめていきたいと思います。
社会をつくるとは?
著者は、意図的だったり偶然だったりでできたあらゆるコミュニティを調べて、その結末に注目します。「根本的に異なるルールをもつ社会をつくりあげようとする取り組みの大半は、すっかり破綻するか、タランゼイのように元の社会と似てしまう結果になるかのどちらか」(上巻47:以下すべて上巻)だった。著者は社会性一式の「原理を排除しようとする試みは、たいてい失敗に終わる」(47)と述べる。
どのようにコミュニティが崩壊するか、もしくは継続するのか、著者は以下の事例を調べて検証する。
(1)意図せざるコミュニティ
・難破事故の生存者コミュニティ
インヴァーコールド号とグラフトン号/反逆者たちが築いたピトケアン島コミュニティ/シャクルトンの南極コミュニティ/ポリネシアの植民
コミュニティの成功と存続の決め手は「ゆるやかな階級制」(81)。
リーダーが連帯を育むために、また皮肉にも、集団内の階級制を弱め、平等主義と強調を確保するために尽力する 81
リーダーシップ欠如の事例:ピトケアン島、インヴァーコールド号
南極大陸に遺されたこの集団に、完全に平等主義的な権力の分配は存在しなかった。だが、交友、協調的努力、物資の公平な分配はあった。 85
リーダシップのがあった事例:グラフトン号、シャクルトンの南極コミュニティ
(2)意図されたコミュニティ
・アメリカにおけるユートピア建設の試み
ブルックファーム/シェーカー教団
シェーカー集団は長く続いたコミュニティだが、独身主義が衰退の原因だと語っている。当たり前だが独身主義では社会を再生産できない。
・イスラエルのキブツ
キブツの理念は、協力、自給自足、労働の分担と資産の共有、平等主義。初期キブツの特徴は直接民主主義と集団育児だが、これらの実践は現在は継続していない。
キブツ運動の集団育児の理由には、「東欧のユダヤ文化で支配的だった家父長的体制を変えたいという願望にあった。集団育児の目的は、女性を家庭生活の重荷から解放し、男性と同じ社会経済的土俵に乗せる一方で、男性にもっと育児の役割を担わせることだった。初期キブツにおける女性のイメージで強調されていたのは、男性との平等、厳しい肉体労働、慎み深さ、そして恋愛の軽視だった」(110)。
集団育児の考え方は、キブツだけのものではなく大昔から定期的に試みられてきたという。共産主義も全体主義的イデオロギーもリベラルな政治理念の平等主義的社会にとっても、「家族」の問題がネックになる。家族単位への帰属意識を縮減しようとする。しかし、「親子が絆を根本的に再構築する、あるいは最小化しようとする試みが長続きすることはめったになかった」(111)。
キブツの興味深い帰結の一つは、「仲間どうしでの結婚が事実上ないことだった」(113)!!!。「子供時代にキブツで一緒に暮らす期間が長くなるほど、お互いとの性的接触への嫌悪感はいっそう大きくなる」(113)。ヴェステルマルク効果を支持する結果であった。
ヴェステルマルク効果(フィンランドの人類学者,エドヴァルド・ヴェステルマルク)とは、1891年に提唱された心理学的仮説。子供時代の同居が親族関係の暗示になると主張し、第一に血縁のない個人のあいだに近親相姦のタブーを生み出し、第二に血縁のない個人の間で利他主義を増大させるという(113をまとめた)。
キブツは集団育児の放棄、平等な共有という経済モデルからも離脱している。大人と子供の愛情の絆を断ち切る試みは失敗する。
・1960年代の都市コミューン
集団を結束を左右するのは「イデオロギー」と「構造」(126)。コミューンにおいても、友情の絆の維持、ゆるやかな階級制の存在、個人のアイデンティティ意識の尊重が復活している(127)。
・南極基地の科学者コミュニティ
(3)人工的なコミュニティ
・20の難破船実験、60のコミューン、3つの南極の科学者の自然実験では小規模で条件をコントロールできないため、著者の研究室で人工的なミニ社会をつくるソフトを開発。実験の被験者は「Amazonのタークワーカー」。
何がコミュニティの成功を決めているのか
コミュニティの失敗事例から社会性一式がうまく機能しなければ新しい社会形態は生まれないし、数年間生き延びることもできない。
存続が可能だったコミュニティの特徴を羅列していく。
・人々はいかなる社会をも形成できる均質で取替可能な集団ではない。そうではなく尊敬に値する個人の人格を持っていると考える。139
・集団のアイデンティティと個性のバランスをとることが社会システムの成功のカギ個人が自分自身であることを認める社会と他人を出し抜こうという利己心を抑制させる、その調和。
・そのためには、協力的な性向を育んで活かし、友情や集団への帰属意識を養うこと
・リーダーシップが大切
・セックスが自由の場合も、完全禁欲の場合の戦略は、結婚制度を覆し、個人のペアのあいだの深い人間的つながりを壊す目的がある。これは集団全体との連帯感を養うための戦略だが、こうした試みはほとんど失敗している。核家族の破壊は愛の本能を蝕む。139ー140
上巻は、社会形成の論題から愛の論題に向かう。そこははしょります。愛、友情、友/敵、社会性については上巻の後半から下巻のテーマになります。
関心のあるところをメモ書きしました。時間なのでここまでにしとこ。
*1: