kyoyamayukoのブログ

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【本人の弁追加】フィールズ・グッド・マンと小山田圭吾ーーーネットミームはモンスターを創発するーーー

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出典:

ヘイト目的で使われ続けた「カエルのペペ」、作者が奪還を断念して公式で葬式を行う - GIGAZINE

 

 ここでは時事ネタは避けたいと思いつつ、小山田圭吾さんについていろいろ考えさせられることがありました。最近、kobeniさんの小山田圭吾の「イジメ発言」を検証したblogを読んだのですが、原典まで辿らずネット(特に2ちゃん)で拡散した情報が折り重なりあって、もともとの雑誌インタビューの文章を超えて「小山田圭吾」像が作られていき、社会に拡散し、国家的行事オリンピックの開催式に関わったことで壮大に炎上し、祭となっていったことが克明に記されています。

 kobeniさんの記事を読んで既視感がありました。まるで映画「フィールズ・グッド・マン」みたいな話じゃないか。

kyoyamayuko.hatenablog.com

 映画フィールズ・グッド・マンでは、ゆる~い学生の日常を描いたカエルのぺぺが、作者の意図を超えて、非モテのアイコンとなり、紆余曲折を経てオルトライトのアイコンとなり、大統領選でトランプのアイコンに使われる。差別アイコンとなっていく。作者は著作権を楯にぺぺの名誉を復権しようと努力するが、ぺぺのイメージが拡散されすぎていて、結局、作者はぺぺのイメージをコントロールできないまま映画は終わる。

 小山田圭吾も、ぺぺのように「いじめっこのアイコン」として表徴され、拡散し、収集が着かない状態になっている。

 

 ネットミームについて語る前に、炎上した小山田圭吾のイジメ問題とはいったい何だったのか。kobeniさんが経緯をまとめ、検証しているのでまずこちらを先にお読みいただけると助かります。渾身の記事です。

www.kobeniblog.com

 

こちらも渾身の記事です。インタビュー記事がいかにネットミーム化していったのか検証しています。この記事を書くのに相当の労力がかかったはずです。noteならば応援のお金を払いたいくらいの記事です。社会学の論文として投稿できるレベルの内容ではないでしょうか。

www.kobeniblog.com

 

 上記の記事によれば、rockin'on及びQuickJapan(1994年、1995年)の記事は2003年に2ちゃんに書き込まれるようになる。主にファンが集うコーネリアスのスレッドタイトル(以下スレタイ)で荒らし(ネット荒らしは今や死語?)が起こりますが、荒らしはスルーという鉄則のもとファン達はスルーしていたようです。しかし、そこで事件が起こります。

 2004年6月の「埼玉蕨女子中学生いじめ自殺事件」で2ちゃんで一気に炎上し、小山田圭吾のいじめっこキャラが定着し、小山田圭吾スレタイはイジメ記事が定着して張られるようになります。ファンは2ちゃんから去っていき、小山田圭吾の「全裸緊縛」「食糞バックドロップ」がネタのように語られていきます。ネタの一方で、社会的に注目を浴びるイジメ問題が起こると、2ちゃんでは小山田圭吾が思い出されたかのように語られていきます。

 問題は、この2ちゃんで語られている内容が、実はネットで語られていくなかで構成されていった「ネットミーム」だったことです。雑誌のインタビュー記事では語られていないことが、本人のイジメの話として作り上げられていきます。「インタビュー記事の内容」と「ネット上の小山田圭吾の語ったとされる内容」は別物なのです。この違いについては最初に添付したkobeniさんの記事を参照するとよくわかります。比較して検証しています。

 つまり、小山田圭吾が語った2社のインタビュー記事を組み合わせ、かつ自分の周りにあったイジメの出来事が、あたかも小山田圭吾本人が行ったイジメとしてネットでは語れ、その情報が拡散していったのです。

 

 9月23日号の『週刊文春』で小山田圭吾は中原一歩の取材を受けてイジメ問題について語りました(20210916)。

bunshun.jp

 私はネットではなく雑誌を購入して記事を拝見したのですが、2ちゃんで取り上げられている全裸緊縛オナニー、食糞、バックドロップのイジメは自分ではないと否定しています。しかし、過去のイジメ行為は否定していません。最新の記事なので営業妨害になってはいけないので詳細は書きませんが、自分の行ったイジメ行為についても具体的に語っています。

 当時、rockin'onの取材に応じたのは、アイドルのようなイメージを変えたかったこと、「アンダーグランドの方に、キャラクターを変えたいと思ったのです」(134:『週間文春』2021.09.23)とあるので、あえて露悪的なイメージで語ったわけです。次のQuickJapanでは取材を断ったが、何度も依頼されたので応じている(詳細は文春の記事を読んでください)。

 

 小山田圭吾は、フリッパーズギターを解散してコーネリアスを立ち上げたばかりでイメージチェンジをしたかった。そのため、露悪的にイジメについて語ってしまった。自分のイジメというよりも、周りのイジメについて語ったところ、rockin'onの記事の構成ではあたかも自分でやったように受け取られかねない書きぶりでインタビュー記事が掲載された。QuickJapanは断っても何度も頼まれて応じた。その結果、小山田圭吾のイジメについて二つのインタビュー記事が文字として残った。

 1995年、Windows95が販売されてインターネット社会が到来しました。それでもこの記事がネットに書き込まれるようになるまで6年かかっています。1999年に2ちゃんという匿名掲示板サービスがはじまり、その2年後の2001年にようやく小山田圭吾のいじめ記事が登場します。まだこの当時は、雑誌記事の記憶が人々に残っていたのでしょう。

 

1994年1月にROJ、1995年7月にQJが発行されている。2chが開設されたのは1999年5月。最初に「小山田圭吾のいじめ記事」に関するトピックが2chに登場するのは、2001年ごろだ。

小山田圭吾氏いじめ記事に関する検証 その2. ネットミーム「2ちゃんねるのコピペ」が大炎上に至るまでの変遷 - kobeniの日記

 

 雑誌が主流の当時、ファンサイトに雑誌の記事の全文をネットに載せた人がいた(雑誌を読めなかったファンのために善意で)。そのサイトにアップされていた文章が切り取られ2ちゃんに登場する。2004年には社会的に話題となったイジメ自殺問題と重ねて小山田圭吾のイジメ問題が炎上する。最初の炎上は、2ちゃん登場から3年後、rockin'onのインタビュー記事から10年後でした。

 あまりテレビに出ることのない小山田圭吾だが、小山田圭吾の名前が社会に出ることがあれば2ちゃんで炎上し、イジメ問題が起こると小山田圭吾の名前があがる。ネタと現実がループする。小山田圭吾は知る人ぞ知るミュージシャンなので、細々とだが話題になると思い出され継承されていった。

 でも、まだ現実には侵食していない。もちろん染み出してはいた。Eテレの『デザインあ』という番組では、小山田圭吾のイジメ問題が質問されている(文春の記事ではその点についても触れています)。

 2021年7月14日に、世界的な大イベント・オリンピックの開会式に小山田圭吾が参加していると発表されると、その翌日には一気に炎上した。コロナ禍のオリンピックで国民の不満が高まるなか、不満の火力は小山田圭吾に一斉に向かった。。。ついに現実に噴出し、過去の発言を検証されることなく、ネットの文章=ネットミームをもとにみなが批判する。ネットもマスコミも官房長官も。

 イメージチェンジのために露悪的に語ったインタビュー記事から27年経ち、ついに現実に大噴出したのだ。破壊的なまでのイメチェンとなってしまった。社会生活が送れなくなるほどに。。。

 

 フィールズ・グッド・マンの映画は、嗤いながら他人事のように見ていた。アメリカのバカはすげーなって。でも、その言葉はブーメランで返ってきて自分に突き刺さる。私もそのバカの一人なんだって小山田圭吾いじめっこ問題で痛感しました。

 

 フィールズ・グッド・マンのぺぺのように小山田圭吾は実物の小山田圭吾から離れて、匿名の誰か達から「いじめっこの小山田圭吾」が作り上げられていった。書いた人だけの問題はない。書いた人以上に、多数の読んだ人がいた。ネタなのか本当なのか。雑誌記事をリソースとしてあげられると本当っぽい感じがする。その雑誌は昔の雑誌なので手にとって読むことはできない。ネットに書いてあるしほんとだろう、だって雑誌の記事だよ?2ちゃんを読んだ読者達も「いじめっこ小山田圭吾」を膨らませていった。

 本人も記事に事実ではないことは多々あってもイジメたこともあるから、訂正せず反論せず放置した。ぺぺの作者のように「どうしていいかもわからなかったし」と。匿名掲示板でいったいどのように対処できたのか。迷って放置している間に、イメージはどんどん大きくなっていった。本人のこれまでのキャリアをすべて壊すまでに。大統領選、オリンピックという現実の大イベントとネットミームがリンクするとき、とんでもない大炎上が起きる。本人の反論ではどうにもならないレベルの問題になった。本人を超えた小山田圭吾像が独り歩きしてしまった。コントロール不能なモンスターの誕生である。

 

 イジメ問題は90年代から00年代まで自殺問題と結び付いて社会問題化された。いじめられっこにとって、いじめっこ小山田圭吾は憎らしい敵だったろう。小山田圭吾のイジメ問題をネットで叩くことは正義の行為だったはずだ。もしくは、渋谷系のプリンスとして降臨する文化的ヒエラルキー上位者に対する激しい嫉妬をぶつけられたのかもしれない。ガチ勢からネタとして嗤う勢まで、入り混じった感情で「いじめっこ小山田圭吾ミームをネットで作り上げていったのかもしれない。その一人に、2ちゃんで読んで嗤って流していた私がいた。このひとサイテーだなって嗤う匿名の私。オリンピックの炎上で「小山田圭吾のあの話って有名だよね?」としたり顔をしていなかったか。

 

 コントロール不能に陥ったモンスター「小山田圭吾」は供養しなければならない。等身大の小山田圭吾に戻すほかあるまい。小山田圭吾が良い人とか、悪い人とか、音楽の好悪で判断するものではない。モンスターを等身大に戻すことで、自分自身の歪みを是正するしかない。

 kobeniさんの検証記事や週刊文春のインタビュー記事を読んで、モンスターではないただの音楽家小山田圭吾を静かに受け止めたいと思う。願わくは、公共放送NHKで「小山田圭吾」ネットミーム化問題を検証して、日本人が我に返ることを願うばかりだ。

 

 

 

 

 このblogを書き終えたあとにCornelious InfoのTwitter上で「いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明」がアップされました。

全文の画像ははこちらです。

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いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明

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いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明

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いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明



 小山田圭吾小山田圭吾の手によってネットミーム小山田圭吾を等身大に戻すしかない。小山田自身の手で小山田自身を取り戻すしかない。それがイラストのぺぺではなく生身の人間にできることだろう。小山田圭吾が手放して膨らんだ「小山田圭吾」を回収できるのだろうか。

 kobeniさんがあそこまで労力を割いて渾身の記事を書いたのは、小山田圭吾の音楽を愛し、人間性を信じているからだろう。小山田圭吾が若い頃に手放してしまった「小山田圭吾」像が等身大の姿に戻ることを信じている人がいる限り、きっと、彼の言葉は届くはずだ。

 2ちゃんの情報をネタとして「知ってる、知ってる、あの話でしょ」という程度にしか小山田圭吾を見ていなかった匿名の私達の一部にもきっと届くはずだ。少なくとも私は、記号としての「小山田圭吾」ではなく等身大の小山田圭吾の言葉を読んで、考えている。

 

 

 

 

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90年代が青春時代だったのでフリッパーズギター渋谷系は知ってはいたが、そこまでのファンではなかった。小山田圭吾の活躍はEテレの「デザインあ」で久しぶりに名前を見て驚いたくらいで。オリンピックの開会式も、サブカル系というかアングラ系なのに国家行事に関わるんだ、ふーんって感じでした。冷めた目で見ていたら、あれよあれよと炎上していって驚いた。2ちゃんで見たのはずいぶん昔の話だし、小山田圭吾のイメージにいじめっこ感がなくて、本気で受け止めていなかったんですよね。2ちゃんのイジメのネタを。ネタって思っていた。だって2ちゃんですよ?マジで受けとらないやろ。

私のなかで小山田圭吾って岡崎京子のリバーズエッジのマンガの山田一郎って感じなんですよね。小山田圭吾にソックリなんですよ。岡崎京子もファンだったみたいだし。このマンガは雑誌CUTIEに掲載されていて、リアルタイムで読んでいました。このマンガの高校の雰囲気も殺伐としているし、当たり前のようにイジメがあります。今のマンガと比べるとイジメの表現も過激かもしれません。山田一郎はいじめられっこなんですが。

小山田圭吾って醒めているイメージじじゃないですか。今風で言うとクールというか。だから、2ちゃんのいじめネタを本気に受け止める人なんているとは思っていなかったのが私です。でも、これもぜーんぶ私のなかの小山田圭吾です。本人には会ったこともないのでわかるはずもありません。

 

リバーズ・エッジ